【福岡市消費生活センター「暮らしのEYE」】
春ですね。野や山だけでなく、街中も色とりどりの花が咲き乱れています。でも、春が一番嫌いだという人も結構います。花粉症です。あなたのまわりに、花粉症に悩まされている人はいませんか。
花粉症は、ある日突然発病します。一種のアレルギー反応なので、体内に花粉に対する抗体ができれば、春の訪れが毎年悩みの種になってしまいます。花粉症と住まいには何の関係もないようですが、実は密接な関連があるのです。
私達が吸う空気は、排ガス等で汚染されている事は周知の事実です。室内の空気もさまざまな化学物質で汚染されています。新建材と呼ばれる合板や、それを多用した家具には接着剤が使われますが、それらが放出するホルムアルデヒドが大きな汚染源なのです。皆さんが好む床のフローリングも、何層もの板を張り合わせるために接着剤が使われます。勿論、安全基準が設けられていますが、新築の家で目がチカチカしたり、頭痛がするのはこのせいです。濃度が高ければ身体の異常が教えてくれますが、一番恐ろしいのは、異常が出ないほどの低濃度の場合です。この放出は数十年続きます。こうした空気に常時曝される事がアレルギーの引き金になり易いのです。
突然花粉症になった人を調べると、家を新築したり、購入した人が高い割合でいます。新建材でなく、天然の素材を使用した住まいを建てることはできますが、費用の方は普通の住まいの約2倍ほどかかってしまいます。今の住まいは、アルミサッシュの使用で気密性が高いのが特徴です。隙間風が常時空気を入れ換えてくれた昔とは随分違います。
さあ皆さん。窓を開けて、外の空気をふんだんに住まいに呼び込みましょう。
新緑が光を映してキラキラ輝き、レース越しに差し込む光も日に日に強さを増しています。この季節、光があふれる住まいは本当に人を幸せにしてくれます。でも、明るいだけの家は困りものです。
今までの反動でしょう、家を建てる時は明るい家を熱望する人が沢山います。古い家は、周囲が建込んだり増築をくり返したりと、昼も照明が必要な家が結構あります。マンションも、奥行きが深いと中央部は暗くて照明が必要です。そこは食事スペースになることが多く、朝食しか家族が揃わない家庭も多いならば、自然の光が一番欲しい所です。
しかし、四方八方窓ばかりで明るすぎても人間落着きません。人は壁を背にしている方がくつろげるものです。また、夏の光は適度に制御しなければ、暑くて冷房に頼ることになります。家具は焼けるし、カーテンは多いし、何かと不経済です。何より、窓だらけでは家具を配したり絵を飾るのに必要な壁を充分に確保する事ができません。壁が少なければ、当然地震にも弱い家になります。
昔は光の取り入れ方にも工夫をこらしました。例えば、夏の直射を遮断し冬の日差しを取入れるために深い庇や縁側があり、障子が直射を柔かい間接光に変え、室内の景色を穏やかに包みます。こうしたほのかな明るさが、日本独特の侘びや寂という美意識をはぐくみました。光を楽しむには、陰影という明るさのグラデーションも必要なのです。
現代では、街中の家は光の採入れ方にも工夫が必要です。隣の視線が気になれば天窓や高窓が有効です。周囲が建込んでも屋根には日が当たるし、天窓は壁窓より3倍明るいのです。2階を食堂・居間にした逆転プランは、皆が集まる所を容易に快適な空間にできます。
快適な家を創るために光をキーワードにしても、素敵な住まいが創れそうです。
六月は防災月間です。阪神大震災では建物の下敷きになって多くの人が亡くなりました。私達の住まいは大丈夫でしょうか。
が木造住宅倒壊の大きな要因です。壊れた多くが30-40年前の在来構法で、筋交いが無いなど、今の構造基準に照らすとかなり不十分です。シロアリや腐れなどで柱や土台がボロボロだったりする、手入れが悪い住宅も倒壊しています。構造基準は年と共に変わります。瓦葺きは昔ほど重くありませんし、必要な耐力を確保するための筋交いなど計算上決まっています。構造を考慮した設計と施工をすれば、プレハブや2×4と安全性は変わりません。ただし、在来構法はそれらと違い自由度が高いので、壁や柱の配置に制約がないと思っている人が多いのは困りものです。建て主も安全性を念頭に置くべきです。
また、在来構法は土台や柱など接合部の緊結が特に重要です。だからこそ業者の腕に左右されやすく、品質管理が大切になります。優良な業者を見つけるのは自分の責任です。宣伝しているから、知り合いの紹介だからと信用せず、実際の仕事を見、住む人の話を聞いたりして決めましょう。高額の追加金や、欠陥住宅に泣くのはあなたです。昔は地域社会が評判という形で目を光らせました。変な仕事はすぐ噂になりました。今はどうでしょう。宣伝の裏に隠れて、そうした話は案外伝わってこないようです。
建て主が正しい住宅の知識を持つことは安全な住宅を手に入れる一歩でもあります。
最近老後の住宅に関する意識調査をしました。いろいろ面白い結果があるのですが、中でも便利な都会的生活を望む率が、年齢が上がるにつれ増えています。60歳以上では都会45%、田舎19%と、2倍以上が都会を選択しています。退職後はのんびり自然に抱かれてというのはどうも幻想のようです。 身体機能が衰えてくると家に閉じこもりがちになります。しかし、交通機関が便利な都会なら案外気軽に外出できます。役所・図書館・講演会・病院・買い物など、行く場所には事欠きません。
自然を楽しむには体力がいります。山歩き、畑仕事、身体を鍛えるには最高です。おいしい空気と新鮮な食べ物も豊富です。子育てには最高の環境ですが、老いの身には庭仕事でさえ億劫な時もあります。庭や家の手入れが大変で都心のマンションに移る高齢の夫婦も多いはずです。家事もそうです。食堂や大浴場などを備えた有料老人ホームを見学した奥さんが、「あなたに仕事の定年があるのなら、私も家事の定年があっても良い」と御主人に言われたそうですが、毎日の食事の用意や後片付けや、雑事に追われる主婦には身につまされる言葉ではないでしょうか。
最近高齢の夫婦のみ世帯が増えています。意識調査でも、健康に不安がでた場合子供との同居を望むのは3%でした。配偶者が亡くなったと仮定した場合も同居希望は7%と低い率に留まっています。私たち40歳台の女性は老後子供なんか当てにしていません。下手に同居して孫の世話を焼くより第二の人生を謳歌したいと思っています。親の介護を経験している人は、子供にはそんな苦労はかけたくないと考えているかもしれません。
三世代同居はますます減るでしょう。自分たちの老後はどう生きるか、どこに住まうか、ここらで真剣に考える必要がありそうです。
今の家に移って四年、初めて階段から足を滑らせました。90cm位の段差なので、お尻に大きな打ち身を作っただけで済んだのですが、落ちたというショックは未だに残ります。頭で判断しても体がついていかないとは、こういう事かと思い知らされました。
事故と言えば交通事故ですが、家庭内の事故はそれ以上に恐ろしく件数も多いのです。死に至らずとも、高齢者にとっては骨折・入院は寝たきりへの近道です。年を重ねれば身体機能が衰えるのは自然の摂理です。個人差はあるものの、筋力・瞬発力等どれをとっても65歳は20歳の6~8割に低下します。平衡感覚に至ってはたったの2割です。低下した機能を補うことができる工夫をしなければ高齢者の事故は増えます。階段からの転落が一番多く、急勾配で狭い階段では、いつ事故が起きても不思議ではありません。
例えば階段を昇っていて急に声を掛けられ振り向いた拍子に足を踏み外したおばあさん。夜中トイレに行こうと、半分寝ぼけて足を踏み外したおじいさんの話などは、何十年後のあなたかもしれません。これらは、手摺りが連続して設けられていたり、足元灯があったりすると充分防ぐことが可能です。
今の住宅は、だいたい35歳位の体力に合わせて建てられているようです。人生50年の時代ならいざ知らず、80年の今はせめて55歳位に合わせなければ将来が思いやられます。特に日本は生活習慣から欧米と比べると多くの段差を必要とします。三尺モジュールに従った設計も、廊下や階段・便所などの空間を狭くしています。ですから、すでに建っている家をリフォームしようとすると大金がかかる事になりかねません。
新築時こそ高齢期への対応が必要です。手摺りや小さな段差をなくすだけでも、将来の生活に安心をもたらしてくれると思います。
我が国の住まいは高齢者に優しくないという事を知っていますか。布団よりベッド、床に座るより椅子の方が立ち振る舞いが楽だというだけでなく、欧米と比べ高齢者の大敵である段差に満ちているのが日本の住まいです。
段差は生活習慣に深く根ざしています。まず上下足の履き替えです。玄関の上框がなければどこで靴を脱ぐか迷います。段差が巧みに履き替えのサインを出しているのです。次に浴室と脱衣所の間の段差です。清潔好きの日本人は洗い場で湯をふんだんに使って体を洗います。もしこの段差がなければ、たちまち脱衣所まで水が浸入してしまいます。欧米では浴槽で体を洗うので、こうした段差はありません。
その上便器や洗面台も同一空間に据えられているので広々としています。広ければ介護する人も動きやすいと思いませんか。最後に、床に座る生活が長かった私達は、空間の秩序を表すのに段差を利用しています。
廊下と座敷の段差は心理的に空間の神聖さや格式を表現しているのです。床の間がその典型です。椅子ならば座高や形で表現できるので、床の段差は必ずしも必要ありません。こうした段差は施工上の工夫である程度は除けます。きっと最後まで残るのは玄関の段差ではないでしょうか。車椅子を考えなければここに手摺りがあると段差も案外気にならなくなるものです。
生活習慣に根ざした段差だからこそ、新築時によく考える必要があるのです。この話をあるおばあさんにしたら「聞かなきゃ良かった。年金生活では今更改造しようにもお金がない。かえって寂しくなった。」と言われてしまいました。しかしそれが現実なのです。
今家を建てたいと思っている人は、遠い先のことだと思わずに、高齢者対策を設計に盛り込むべきです。その時になって嘆いても、もう遅いのですから。
最近中国に行きました。3度目の旅ですが、北京でも上海でも街中で不動産の広告を随分目にしました。どれも3年前になかった戸建てや別荘団地なのは驚きです。上海郊外には、高級マンション群や戸建て団地が出現しています。どれも普通の人が飲まず食わずで何十年貯めたとしても、買える金額ではありません。
どんな人が買うかといえば、企業や香港や台湾の資本家や、土地を企業に貸す裕福な農民が買うそうです。日本円で一戸約三百万円位ですが、家賃は結構高く(確かに上海のオフィスの賃料は福岡市の相場より高い)香港、台湾の人は外資系企業の社宅などに貸し、5年位で転売して随分儲けると聞きました。
都市の一般の人は2DKのアパート暮らしが主流です。昔見学した工場の中堅幹部の社宅は、6畳弱の寝室二つに8畳位の居間と2畳弱の台所・半畳の便所兼シャワー室で40㎡程度の2DKでした。一人っ子政策の中、家族3人にはそれで充分だという国の考えなのでしょう。これらは国や企業から支給され、家賃はただ同然でしたが、経済開放政策で事情は変わりつつあります。持ち家が奨励され、上海では今後国からの住宅の割り当てがなくなり、結婚する若者が新居に大変困っていると聞きました。
旧市街地では古い建物が住宅として使われています。電気もガスもなく共同便所と炊事場という中国式長屋は、お世辞にも快適とは思えません。しかし多くの人があふれ、さまざまな暮らしが濃密に営まれています。 今、大都市の中心部では古い住宅地がどんどん再開発され、新しい地区に変貌中です。
経済開放政策の元、社会主義の中国の中で貧富の差が急速に拡大しつつあるという事実を、天と地ほども違う住宅を見るたびに感じさせられた旅でした。
収納特集を組むと雑誌が売れるのは、皆が大なり小なり頭を悩ませているからではないでしょうか。通販の収納カタログを何度見ても飽きないのは私だけではありませんね。
住宅の設計では「沢山の収納を」と口を揃えて言われます。確かに今の住まいを見せていただくと物が溢れています。住宅には10~20%位の収納面積が必要ですが、いくら大きい納戸があっても暮らし方によっては足りなくなります。収納は物とスペースのイタチゴッコです。物は生活に溜まります。時々思い切って捨てなければ、物に押し潰された生活を続けるしかありません。
物を置くスペース自体もただではありません。土地が畳1枚何千万円と言わないまでも、マンションでは畳1枚の広さを平均50万円位かけて購入しています。そこにガラクタを置いたら、罰が当たるというものです。これから新居に移ろうとしている方は、まず物を買わない。買うなら本当に気に入った物だけにして、すっきり住まう気概を持って生活してもらいたいものです。
収納を品物で大別すると、1.日常的使用頻度の高い物、2.季節使用等頻度が低い物、3.子供の成績表や絵など普段は取り出さなくても記念として残しておきたい物の3つに分かれます。納戸は2、3には良くても1は適材適所が特に求められます。石鹸・タオルは洗面所に、トイレットペーパーはトイレにあるのが一番です。必要な時にすぐ取り出せ、整理も簡単です。補充に適切な時期を把握するという家事の基本も満足できます。
主婦の収納の悩みは、適材適所の不足だと思います。家が散らかるのは家政能力が拙いからと落ち込む前に、その不足を点検してみませんか。そういう建物は、誰かが家事をしてくれる、生活感のない人達の設計であることが多いのも確かだと思います。
あっと言う間に十二月、年の締めくくりは家事も忙しくなります。大掃除に備えて少しづつ片づけないと、何日かけても大掃除が終わらず、清々しい正月が迎えられません。
私は掃除が苦手です。女性には掃除好きと料理好きの2種があり、料理好きは掃除が苦手なようです。どちらも好きな人は希少価値ではないでしょうか。だから、掃除が苦手な私の自衛手段は、最小限の家財しか置かずに可能な限り広い空間を確保することです。物が少ないと掃除が楽です。代わりに活躍するのは造り付けの収納です。何でもそこに押し込むので、年に二度は整理しないと物がはみ出すことになってしまいます。
私の一番の悩みは台所の収納です。毎日使うので汚れるし、気を抜くとカウンターに物が溢れ返ります。でも流し台の下や吊り棚の中はガラガラです。こうした収納は結局使いにくいから物を入れなくなるのです。料理は「ながら」仕事の典型です。煮物の合間に次の料理の下ごしらえと、手元はフル回転しています。そんな作業中は手が届く範囲が一番使い易く、伸び上がったり屈んだりと、身体の軸を動かすことは煩わしいの一言につきます。だからこそ手が届く範囲に棚が欲しいと思うのです。
そんなわけで、壁が沢山確保できる独立型の台所が私の理想です。でも、設計の場合は好みを一方的に押しつけることはできません。対面型にもオープン型にも良さがあります。
対面式台所で私が一番悩むのは、居間に向けた開口の高さの決定です。流し台の前の開口が大きく天井一杯までの方が居間と一体感が出ます。ましてや高額のシステムキッチンなら、実に見映えがします。でも、一番使い勝手の良い部分を気前良く開口にすべきかどうか、なまじ料理好きなだけに、いつの場合も悩んでしまうのです。
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