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新興住宅地と住人の心理の相関を捕らえる作家重松清氏は大の引越し魔。子供の時から29回の経験があるそうです。だから気付いたのでしょう、ある家に越し、急に母の機嫌が悪くなった原因を、台所のカランの使い勝手が悪いと感じたそうです。右利きなのにカランが左で動作が円滑にゆかず、常にイライラして怒りっぽいことに気付くとはさすが作家になる人です。
こうした事は案外多いのですが、原因に気付く人は少ないでしょう。家相に凝るあまり、廊下をむやみに曲げたり、日当たりの悪い場所に居間を設けるなどといった人は別として、設計者や施工者の無頓着で開き勝手や使い勝手が悪い家に心あたりはありませんか。
扉の開きも簡単に決めてはいけません。例えばトイレの扉は内、外どちらに開いていますか。私は外開きにします。内開きは外にいる人に扉をぶつけずに安全と言われますが、それは広い部屋の場合です。トイレで倒れる人は多く、内開きの場合、体が邪魔をして扉が開きません。卒中など一刻も早い対応が必要でも、扉を開くのに時間がかかれば手遅れになりかねません。だからトイレは外に開くべきなのです。ただ、どうしてもスリッパを履き替える段差があるトイレは、外開きでは脱いだスリッパとドアが喧嘩しますから、内に開かざるを得ない事もあります。
設計という仕事は、人の動きや生活を細かく考えて細かいことを決定してゆきます。ですから、住み手とのコミュニケーションは重要です。知り得た事を元にして、扉の形状、窓の位置など細かい部分を、快適に暮らせるように、物とコミュニケーションしながら考えます。設計者に自分を飾っても、良いことは一つもありません。
家を建てる女性が最初に必ず希望するのが、収納と掃除が楽な家です。要は散らからない家を望んでいるのです。しかし、家の広さは限られます。収納しても取り出さねば死蔵です。必要な場所に必要な収納があれば、案外少ないスペースで解決し、生活も美しく保てます。家族にとって余分なものを捨てる勇気も必要だとお勧めすることもあります。
2年半前に自宅を建て、一番良いのは、マンション暮らしに比べ各段に散らからない事です。千冊ほどの文庫本の棚と4畳大のウオークインクロゼットが大活躍です。特にクローゼットは、帰って着替える動線、朝着替える動線を考え抜いて配置を決めたので、服が散らかりません。片付け下手の私が思った通りの結果になりました。マンションの平面はあてがいぶちですから、行動を空間に合わせても無理があります。合わせようとする努力は長くて半年でしょう。そこで習慣ができなければ、後はまた散らかるでしょう。
平面配置が悪いと、大怪我をすることもあります。2階に寝ていて、夜トイレに起きて、扉から一歩踏み出したとたんに階段から転落し、怪我が治った後に痴呆の症状が出た高齢者もいます。寝ぼけていると足元がふらつきますから、扉のすぐそばに階段を配置した設計者も責められるべきですが、ほとんどの人は自分の不注意と思い込んでいるようです。家庭内事故は交通事故より多く、高齢者の死亡事故割合は普通の人の20倍にもなります。事故で入院したのを継起として、寝たきりに移行する人が多いのも無視できません。
最近はバリアフリー仕様で、段差のない家も増えてきました。確かに危ないのは小さな段差ですが、コードや炬燵布団に足を引っ掛ける、新聞に滑る、孫のおもちゃにつまずくなどという、段差以外の例も随分多いのです。ですから、物を散らかすのは危険を増やしているのと同じです。
しかし、段差がないのも考え物です。他所で段差に気付かず、転倒する場合もあります。自動洗浄便器がありますが、家で使うと、他所で流し忘れる事もあると知人が笑っていました。人間少しは不便なほうが良いようです。最近、シックハウス症候群や化学物質過敏症という、建材からの有害物質による健康被害が増えてきました。これも、一種の便利を追求した結果ではありませんか。掃除に手がかかり、反ったり節がある無垢の木を嫌う施主、施工性と経済性だけを追求する施工者が多いので、安くて見栄えがする新建材や、有害揮発物質や環境ホルモンだらけの建材が溢れるのでしょう。
人も物も、手間を掛ければ愛着も湧きます。お手軽なものは、使い捨ての運命です。家を売るには女性を狙えと言います。奥さんが気に入れば、男性は従うそうです。でも、ショートケーキのような外観、便利な設備機器の羅列など、本質からはずれた事を女性が好むと言わんばかりのチラシを見ると、馬鹿にされた気がするのは、私だけでしょうか。
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